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よくがんばったね、N君

 僕は予備校2年生(?)の時からのべ12年家庭教師を経験し、その間46人の中学生、高校生達と学習を共に行なってきた。みんなそれぞれに個性的で、また大切な僕の教え子達であるが、その中でも特に忘れられない生徒がいる。

 N君という当時中学3年生の男の子が、高校入試も迫った12月末に僕の所に紹介されてきた。 母親が本人を連れ立ってきたが、長身で細身の少しはにかんだ感じの子だった。何でも話によると、常に悪ガキ連中と行動を共にしていて、全く勉強をせずに中学校時代を過ごし、成績は下の下。例えば、数学では分数の計算からさっぱりわからず、英語では、確かアルファベットも怪しかったような記憶がある。成績からすると現役での高校合格は絶望に近かった。

 母親はとても優しく、しかもしっかりした人で、本人も母親に言われたことにあまり反抗的な態度は見せなかったようだ。話によると、この頃本人に思うところがあって高校進学を考えたという。いいでしょう、と気安く引き受けたものの実際は大変だった。とにかく時間がない。彼には、結果を気にするよりも、まず今を充実させよう、とまるで僕自身を励ますつもりで話していたような気がする。

 先ほども書いたように、彼はいわゆる不良グル−プ(今はもう死語か?)の一員で勉強なぞには無縁の生活を送ってきたようだ。何故、そんな彼がこの切羽詰まった時期に高校進学を考えるようになったのか、全く不思議なことだった。

 しかし、そんな疑問も吹き飛ぶほど学習は充実していた。彼のヤル気は相当なもので、土曜日の夜8時に始まった学習は深夜の0時を超えることもあったのだ。とにかく内容が理解できた時の彼の嬉しそうな表情が実によかった。逆にいくら考えてもわからない時には、目に涙を浮かべて悔しがっていた。僕は受験勉強に人生の意義を見い出すことなんてナンセンスと考えているが、その時の彼は、まさに受験勉強を通して、本当の意味で中学生としての生活を送ることができたようだった。そんな彼を見ていて、学校の教師がうらやましい、と心から思ったものだ。(学校では彼は担任に反抗ばかりしていたそうだが。)

 後から知ったことだが、(彼本人から聞いたと記憶する。)彼はちょっと複雑な家庭環境にあったようだった。母親は実の親だが、現在の父親には過去に離婚歴があり、幼い子供達を連れて数年前に彼の母親と再婚している。実の父親は彼を残して蒸発してしまったとのことだった。

 家での彼は、本当によく弟達の面倒を見ていたという。学校では不良といわれていても、家庭では優等生だったのかも知れない。

 高校入試は次第に近づいてくる。彼はゆっくりではあるが、確実に数学や英語を理解していった。もっと時間があれば、という気持ちも僕にはあったが、それは仕方がない。焦ることなく着実に学習は進んでいった。そして、内容が理解できた時の彼の何とも言いようのない嬉しそうな顔は相変わらずだった。1月はあっという間に過ぎ、やがて2月に入り私立高校の入学試験の日を迎えることとなった。

 入試直前の最後の学習が終わり、僕は彼に言った。『必ずしも合格者が勝者で不合格者が敗者じゃないよ。結果が良くても悪くても僕は心から君をほめてあげるからな。この1ヵ月半、君は精一杯やってきたのだから胸を張って試験に臨んでおいで。』

 しかし、残念なことに合格はかなわなかった。でも後から母親が教えてくれたところによると、本人はちょっと悔しがったみたいだが、充実した勉強ができたから、とすぐに気持ちを入れかえたそうだ。その後、しばらく音信不通で彼の消息を知らなかったが、数年後、風の便りに彼はトラックの運転手として頑張っているという話を耳にした。

 最後の学習の時以来、彼には一度も会っていないが、彼が充実した生活を送っていることを心から祈りたい。 


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